2021年12月19日日曜日

介護とは3

さて,前置きが長くなったが,タイトルの内容はここからである。

想定内とはいえ,体力は元通りではない。
平日午後,小春日和にヒマなどと,リタイアするまでありえない。
とりあえず近所に買い物に行こうか?と提案した。

退院に備え夕食の食材は買ってあったが,翌朝のパンがない。
好みが違うのと,自分は小麦粉摂取を減らしている・某大手メーカーに
対する不信・不満(品質よりも会社に対して)がある。
老親用は自分とは別なのだ。

杖を片手に,のそのそと外へ出る。
これが思っていた以上に難航した。
スーパー内は問題ない。カートが補助具代わりになるのだ。
隣と言ってもいい距離だが,帰るころには杖にしがみつくような歩き方。
付き添いも忍耐である。

初日はこれでぐったり。週末になると少し改善。
マンションの入り口あたりまでなら,まずまずの歩行。
そうして本当に少しずつではあるが,杖をお供にリュックを背負い
買物兼リハビリの日々。
通院も近所は徒歩,場所によりタクシー。

脳梗塞の後遺症としては軽症の部類だろう。
自立して生活しているだけでも十分と考えるべきだろう。

しかし,入院と後遺症で体力が低下し,麻痺もある。
怪我のリスクもあり,無理はさせられない。

しかしおそらく介護認定は無理だろう。障碍者手帳も交付されない。
要支援1でも認定されれば公的な援助を受けやすい。
実際には家族の支援があっての自立生活なのだが,基準を満たしてはいないだろう。

この程度でも,仕事をしながらの家事支援。
一人暮らしなら自分のペースだが,老親に合わせるというストレスもある。
介護生活というにはあまりにも低レベルなのは承知だが,
自分のこころと身体を守りたい,とも思うのである。

介護とは2

さて,無事に入院し,点滴による治療開始。
入院時の説明では約2週間の見込み。

脳梗塞って2週間で退院できるの?と思ったが,当然個人差はある。
後遺症の程度により退院➝リハビリテーション病院転院のコースもある。
ちなみに入院先の道路を挟んだ向かい側にリハビリテーション病院がある。

そんな話を聞き,平日対応の書類を用意し翌日は半休取得して病院へ。
着替え・タオルなど大荷物を抱えて,久しぶりのバスに乗る。

もうリハビリ始めてる!
病室も救急搬送対応の部屋から,別の部屋へ移動。
補助具につかまり,療法士に支えられて立っている。
車椅子ではなく歩いてトイレに行くのが最初の目標。

荷物を片付け,制限時間もあるので,この日はこのへんで。
が,肝心の充電器を持っていくのを忘れた。申し訳ない。
それでも残ったバッテリーでのんきなメッセージを送ってくる。

もう治ったみたい
おかゆ食べた
退院するときの服を持ってきて

おい。
早過ぎないか?

幸い上司は快く早退して病院に行くようにと言ってくれた。
ただし「仕事の都合をつけて」好きなだけ早退してよい,と宣う。
えーと,会社でも家でも倍速モードでやれってことかな?

まぁ,よい。許可を得たので早退して行くよとメッセージ送信。
するとシャワー使えるようになった,と。
え!?んじゃバスタオル持っていかないと!
お風呂はすぐには無理だから,後でよいと看護師から言われていたので
用意してなかった。さらに退院時の着るもの?
さすがに退院はもう少し先,せっかちだから~と返信。

この調子で順調に回復し,リハビリ。
面会は2人まで30分の制限有りだが,ワクチン未接種でもお咎めなし。
といっても,1人身内が日曜日(入院1週間後)にのこのこやってきただけだが。

週明けには退院の話が出た。
早っ!
トイレもシャワーもひとりで問題ないなら,そういうこと。
点滴も終わり,経口薬のみ。リハビリだけなら転院か通院だ。

12日間の入院で自宅へ帰ることになった。

介護とは1

老親が脳梗塞を発症した。

休日だったため,近所のクリニック(通院歴あり・土日診療可能)へ
付き添い,そこから救急車を手配して入院となった。

2年ほど前にも救急車のお世話になったことがある。
片足が動かないということで脳の疾患を疑ったのだ。
その際は一過性のもので,脳梗塞の予兆ではないと断定はできないが
CTもMRI検査でも異常なしの診断だった。
その後,何度か検査の結果,腰痛が原因のしびれ・麻痺と診断され
投薬治療を続けているが,軽度のしびれや歩きにくいといった症状は出現していた。

その経緯があったため,救急車は躊躇した。
だが,老親が言うには口がうまく回らない,と。
聞いている側としては,呂律が気になるほどではない。
言いにくい・機嫌が悪いなどで少々モゾモゾ話すかな?程度。

だが本人には違和感があったのだろう。前とは違うと。
午後の診察開始に合わせ出かける支度を始めた。
自分もなんとなく予感があって,水と本を押し込んだ。

本当に徒歩数分の距離だが,老親はしがみつくように
身体を引きずるように,ショッピングモールに到着し
ショッピングカートの力を借りてクリニックに到着した。

クリニックでは少々待たされたが,診察した医師は脳梗塞疑いで
CT検査。結果,なにもなかったが,疑わしいと判断し
かつて入院歴がある病院へ搬送手配をしてくれた。
その際,即治療に入れるよう点滴も入れたのもよい配慮だったのだろう。

四半世紀前に通った病院は改装・増築で迷路のようだった。
受け入れてくれた脳神経外科の医師は頻繁に入る電話対応の合間に
忙しそうではあったが,印象は悪くなかった。

冷静だった,と思う。医師・看護師は親切に対応してくれた。
いろいろ書類を書かされたり渡されたりは面倒だが,仕事で慣れている。

老親は意識ははっきりしているし会話もできる。

予感というほどではないが,命の心配は全くなく,軽症だろうとなんとなく信じていた。

2021年11月18日木曜日

期間限定★肉肉弁当

ひとり暮らし終わりかー

喜ぶべきところだが,老親が帰ってくると,それはそれで・・・ゴニョニョ
なわけさ

まぁしかたない

「俺の弁当」やすぱ郎師匠のお弁当に比べると貧弱だな
時間と技術と体力の都合




2021年11月6日土曜日

MEC食ランチ

 久しぶりにつくった肉肉弁当

卵も入れてMEC食

チーズは無いけどね









豚バラ肉も鶏もも肉皮付きも老親がいると食べられない

久しぶりに遠出してくれたのだ

もう2度とないかと思ったが


2021年10月31日日曜日

飲めるハンバーグ

貴重な日曜日は壊れた物干しを買いに朝からイオンへ。

苦手な組み立て作業を終え,雨が降る前に使用可能状態に。

気がついたら11時。おなかすいた。


あるものでお昼にするという老親をおいて自転車で街へGO!

ダメもとで地元の人気店へ行ってみるとカウンターが空いている。

並ぶ人もいない。

ラッキー!

予約なしではなかなか入れないので,うれしい。

疲れてたし,久しぶりだし,豪華版。うまうま。


 









ただし,ごはん多すぎ。

タッチパネルで少な目選択ができないので,声をかけるしかないか。

単品販売でもいいのだが。

2021年10月23日土曜日

Twitterとわたし

誰も読まない(アクセス0!)ブログを始めてもうすぐ1年
Twitterを始めて1カ月余り

Twitterにはいいね!をいただき,なんとフォロワーさんまで!
(すぐに消えたフォロワーさんもいましたが←いいんですよ,違うなーと思ったら即
解除してください)

Twitterでブログ宣伝すれば,訪問者はいるかもしれない

でもねー

気楽なんですよ
だれも読まないから,書きたい放題
Twitterの世界とはいえ,見知っている人が読むと思うと内容や言葉遣いに制約がか
かりそう
いや,自分で縛っているのだが。

リアルはともかく,ブログやツイートを否定されたくない
そうでなくても低い自己肯定感をそぎ落とされるようなことは避けたい

親ガチャは当たり・ハズレの2択なのかな?
福引のように(昭和だなー)1〜5等って勝手に受け止めていた
(ゲームしない)

最低限の安全・安心は与えられた環境だが,
質的栄誉失調・低い自己肯定感
親に棄てられるのではないかという不安感

泣きそうな朝には目の保養


2021年10月17日日曜日

お休みランチ

 チキンを食べる予定だった

あとラム追加で


が,メニュー見てこっち















久しぶりのビーフシチューと青豆サラダ
おいしかったけど物足りなくて,おやつは落花生


2021年10月13日水曜日

大切なのは生活習慣

某メーカーの食品のCMがエンドレスで繰り返される車両で出勤した

血圧・血糖値・中性脂肪が気になる人のための製品である


で,大切なのは生活習慣

なんだよな?

だとしたら,まずは食事じゃね?

  

変えたくはない
でもどーにかしたい

そういう人がいかに多いか

老親もその一人

2021年10月11日月曜日

笑顔の効用

笑顔=HAPPYという解釈は現代では常識であろうか

みんなを笑顔に!

この類のスローガンは日々あふれている


さて では
笑い声が不快,というのは人間関係において末期的ということか

気になるようになったのは,もう10数年前。
一人いなくなっても,また一人

今は何人だろう?

笑い方
笑い声

そっか

笑顔が不快なわけではないのだな

と言ってもその笑顔

マスクしてたらよーわからん